自分自身であること

ある作家が書いた内容にクレームが殺到する、とか、どこかの有名人のとんでも発言に「炎上」、とかそういったことが多すぎる気がする。

もちろんみんなが良い気分でいられればいいけれど、そういった大多数のさほど根拠のない正義みたいなものが人の創造力を少しずつ奪い世界を退屈で平凡な場所にしていくのかもしれない。

何かを創る人は自分の内側から溢れるインスピレーションや大きな力に従いどんどん新しいものや意見や形を発表するべきだし、それがどんなものでも(よっぽど極端であまりにもモラルに反するものについては考えたほうがいいかもしれないけれど)、心に触れるものがある人はそこから何かしらの力を貰うだろうし、嫌いな人は関わらなければいいだけだ。

子供の目に触れるのはちょっと・・いうものはもちろん存在しているのでそこは気をつけるべきだけれど、永遠に全てから守り続けることはできないし、何事にも肯定的な面はあって大人になれば「ああ、あれはこういうことだったのかも」と理解が追いついたりするので、長い目で見ると結局必要な経験しかやってこないのだと思う。世界で起きることをどう受け止めるかも含め、私たちはこの物質世界を肉体を持って生きているのだと思う。

自分が持つ意見が多数派に属していてそしてそれは正しい、と正しさを武器に何かを創作したり内側から溢れたものを形にした人を攻撃、あるいは批判したり、小さな失敗をした人の揚げ足をねちっこくすくいあげる行為は、自分は安全な場所でぬくぬくしながら現場で戦う人達を非難するような卑怯な行為に思える。そしてすぐ他者を批判する人に限っていざ叩かれる側になるとすぐに潰れてしまうのだ。誰かが大切にしている柔らかい部分を攻撃するような底意地の悪さというか人間のいやらしさを見てしまうとつい呼吸が浅くなってしまっていけない・・

人との違い、多様性を受け入れず、自分と違う意見を排除しようとしたりやたら戦ったりすることくらい無駄なことはないし(いつも誰かに怒っていたりする人は本当は自分に対して怒っているのだ)、そういった今の世の中の流れは徐々に世界を窮屈にし自殺者の数を引き上げている。

自分自身でいるひと(つまり本当の意味で自然体で自分以外の誰にもなろうとしていない人)は他者の発言、行い、創造にネガティブな反応などしないしそもそも他人が何をしているかなんて気にしていない。他者の行いに異様に反応してアグレシッブになる人は他人を批判することで自分を正当化しようとしている場合がほとんどなので、私たちはそんな批判に気を病んだり落ち込んだりしてあげる必要などない。あるいは本当の自分とは?などといった探求など一切せず、自ら掴み取ったことではなく簡単に入って来る情報をパッシブに受け入れ表面的なところでなんとなく生きている人だったりする。本気でその人の為を思って発せられる発言や行動にはポジティブな力が込められているのでその違いは解るはずだ、そう思う

だからヨガのクラスではしつこいくらい自分と繋がる、大きな存在と繋がる、呼吸を深く、といったことを繰り返し繰り返し言っている。怪我をしないために正しいアライメントを理解するのはとても重要だけど、それは多分多くのクラスで行われていると思うので私は日本でのワークショップであまりその部分には触れず内観することをことさら重視してクラスをしている。

日本に帰るとヨガ関係の人としか会う機会がない日々を送るので、ヨガの練習を通じでお会いする人たちと、公共の場で会う不特定多数の(レストランなんかで隣り合わせたり)人たちと野性味や鋭さや力強さの違いに愕然とする時がある。もちろん知らない人の中にはなんだか尋常ではないオーラやキラキラしたものをまとっている人がいてぼーと見つめてしまったりする時もありますが、そういう人はきっとなにかしらの修練をされているか普通ではない極端な経験(芸能人とか?)をされているのだと思います。ヨガを長年教えているので(ここ数年はとても地味にですが)、練習を続け、精神的な修練からしか決して生まれることのない魂の炎で日々小さなエゴやネガティブな感情を浄化し心のアライメントを整えている人は、たとえ初めて私のクラスに来てくれた人であってもタダサナを見ればすぐに解る。

「普通はこうする」とか「みんながしている」ということを、ことさら大事にする今の世の中の流れから「自分が本当にやりたいことだけを徹底的にやる」という流れに変わっていけばいいのにといつも思う。他人を正そうとす前(本当に無駄でしないくていいことだけど)に、まず自分自身を調整することが先だということに気づき、心の声に従って自分にも他の人にも言い訳をせず自分だけに集中していたら人を批判したり正そうとする時間なんてないことにも気がつくだろう。

気がついていない人が多いけれど人生は争ったり憎んだり見下したり卑下したりという無駄なことに費やすほど長くはないのだから。
健康である幸運に感謝し毎日を大切に生きていこう、そう思う。

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村

にほんブログ村 海外生活ブログ 国際生活へ
にほんブログ村

You may also like