一皮剥けた気分です

ヨガサダナや友達の存在がなかったら乗り越えられなかったかもしれないくらい感情面で厳しい数週間だった。

あの手この手で努力はしたけれどダメな時はダメだしそういう時期というか節目はだれにでもあるだろう。起きることや避けられないなにかに感情的にならずにどう向き合っていくか、今まで学んできたヨガの教えが本当に助けになったし、最近はスピリチュアルやニューエイジ系のYou tuberの優秀なビデオにたくさん励まされた。

つくづくヨガサダナとは自分の軸、自分の内側に戻るためのツールで「自分とはなにか」を何度でも思い出させてくれると実感した。アサナでも釣りでもスポーツでも創作活動でもなんでもいいけれど、自分が夢中で何かをしているときの意識状態の心地よさの経験を重ねていけば、自分が「今ぶれているな」とか「ネガティブな思考から抜け出したいな」と思った時、それらの方法を使って自分軸を正すというか、快適でリラックスした状態へ戻ることができる。そういうツールがあるのとないのでは人生は大きく違ってくると思う。友達や誰かに話すことで思考が良い方に変わることはあるけれど、基本的に自分の感情と向き合うプロセスをスキップして誰かに頼るとただの依存になることが多い。

精神的に自立するためには、そして自分自身でいるためには、どんな方法でも良いから自分をしっかり知ること、自分が自分についている嘘や虚栄や希望的観測をしっかり見破ること。そうしなければ本当の意味でそれらの感情は浄化されないと思う。

スペインでただ一人の親友で、マハリシ農園のオーナーの甥であるディヴッド君は英西ハーフのバイリンガルで完璧なブリティッシュアクセントの英語を話す。彼との会話は全て英語なので、スペイン語ではちょっとおぼつかない細かい感情的なニュアンスを打ち明けられて「だれかと話せるって素晴らしい」そう思った。先週末、ベナルマデナのマカレナのところに1泊で遊びに行った。彼女との会話は全てスペイン語だけれど、女同士で夜遅くまで話をしたり美味しいものを食べて過ごし女性性エネルギーにすごく癒された。そして聞いてもらうことで楽になる段階の前に、きついけどしっかり自分の感情や本音に向き合い感情を浄化し、今の自分にできる決断をしたことは私にとって小さいけれど成長だったと思う。

ヨガの練習は意識をどんどん内側に戻し自分自身と繋がることだと思う。そしてその心地よさを経験し「どんなことがあってもこの方法で私は自分に戻れる」と知ることだ。今の世の中はよっぽど注意していないと意識が外に外に向かっていくように作られている。外にばかり意識が向き、自分以外のだれかとばかり繋がろとしたり、他者の反応や賞賛や批判ばかり気にして意識が外に向いている人の言葉や創作物はまったく心に響かないし、ずっと聞いているときつくなる。今世界中でたくさんの人がヨガの練習をしていてそれは素晴らしいことだけれど、練習の本質的な部分を理解できていないとポーズの善し悪しを競ってエゴを強めたり、新しいスタイルを見出したり迷走していく。繰り返すけれどヨガの練習は人と何かを競うこと、つまり外へ意識を向けるものではなく「自分自身を理解するために意識を内側に向ける」とても個人的でどちらかというと地味な作業だ。

9月の帰国ではアサナクラスはこれまで通り行いつつ、サットサンガや話すことを通して参加してくれている人が少しでも楽に物事を考えられたり、幸せや豊かさを感じてもらえる時間にしたい。これは一つの決意だけれど、私のアサナシークエンスとみんなのプラナに満ちた空間エネルギーで来てくれた人を幸せにしていくことだけを一番に考えようと思う。だからみなさんサットサンガで質問があったらどんどん発言してください。その質問が想像もしなかった誰かにインスピレーションや勇気を与え、時には助けることにもなる。

まず自分と繋がろうね!
私たちは魂の存在で、宇宙の一部であり宇宙そのものだから。

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