聖地リシケシと私 〜前編〜

記念すべき初めての渡印はもう10年以上も前のことで、観光ビザで滞在できる6ヶ月の長期滞在、1ヶ月程度の短期滞在を含めて彼の地へ渡った回数は軽く10回を超える。

最初の年から3年くらいのインディラガンジー国際空港は、今のモダンな姿への改装前でなんというかもっともっとインドっぽかったし旅をしている人達の雰囲気も今とは全く違うように感じる。

インドの政治はよく解らないけれどナレンドラ・モディ首相が2014年に就任して以降劇的に変化をしたように感じる。ヒンドゥー至上主義な言動の多いモディさんは私の周囲のムスリムのインド人にはすこぶる評判が悪いけれど、多くのヒンドゥー教徒(特に富裕層に?)からの支持は厚いと聞く。一昨年の11月のちょうどFLOWARTS TTCが開催されている真っ最中に、当時一番流通していた500ルピー紙幣、1000ルピー紙幣の使用が無効になり銀行に並んだり、たくさん両替していたPadmini先生が生徒さんの建て替えをしたり、Mukesh先生が銀行員のようにテキパキと問題を解決してくれたことはまだ記憶に新しい。

インドに何度も通い長期滞在をしていたのはもちろんヨガの練習だったり、マントラチャンティングを教わったり、ヨガアシュラムの朝のお祈りやキルタンに参加することが目的だったので滞在のほとんどを北インドの聖地リシケシで過ごしていた。リシケシは私にとって特別な場所で、チャンティングを勉強したいと思っていたら数日後に友人の紹介で先生を紹介されたり、インドの家庭料理を作れるようになりたいなと漠然と思っていたら友人に紹介していただいたインド人男性から自宅での夕食に招待してもらったり(彼の奥さんにはとても親しくしていただいていまでも付き合いが続いている)、ふと出かけたシヴァナンダアシュラムやサッチャダムアシュラムではいくつものかけがえのない出会いを経験した。なんとなく望んでいることがすぐに実現したり、ガンガーのガートに座っているだけで心が静かになった。今は人が増えてしまったけれど7年くらい前は借りたバイクを運転してガンガーの少し上流にあるバシストケーブで洞窟で瞑想をしたり、上流の水の透明な場所で沐浴をして過ごしていた。

最初の頃はまだ日本に暮らしていて、スタジオを当時のFLOWARTSのヘッドティーチャーだったPadmini先生にお願いをして1ヶ月や2ヶ月休みをもらってインドに出かけていたのだけれど、これからスタジオが盛り上がっていくだろうとみんなが思っていた不思議なタイミングでスタジオをクローズし本格的にインドに出たのが2010年だった。今思うと本当に自分のことしか考えていない、未熟としか思えない行動だけれど、当時の私はもうそれしか考えられなかった。今とは全く違う価値観で生きていたその頃の私は、もっと物質的だったと思うしなんというか良くも悪くも「普通」だった。けれどそれが若さというものだとも今は思う。

それまで持っていた価値観が突然変わったりはもちろんしないけれど、インドでの生活は当時私が生活のベースにしていた東京とは極端に違うことの連続で、良い悪いではなく、文化や家族や宗教というものの概念がまったく違う場所に暮らすことで本当に多くのことを学んだし、それは今の私の物事の捉え方や信念に大きな影響を与えていると思う。

リシケシはいろいろ反応が早いというか、練習がしっかりできていたり朝のアラティなど聖なるものの近くにいるときは意識もとてもクリアで、気持ちの良い人や状況がどんどん目の前に出てくるし、反対にマインドに乱れや淀みがあるときは変なことがどんどん起きたり、信じられない方法で騙そうとする人が現れたりして、まさに「引き寄せの法則」という感じだった。ただ展開されていくスピードがとにかく早くて、確かな理由はわからないけれど、それこそが聖地ということなのかもしれない。

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