今年の終わりに思うこと

今年もいよいよ終盤の日々ですが、日本に暮らしている方は忘年会などで大忙し(あるいは大忙しだった)なのではないだろうか。

「海外在住あるある」だけれど、この時期になると日本の年末の賑やかさやお正月の雰囲気などを思い出して懐かしくなったり、友達が忘年会で集まっている様子をSNS越しに見て「いいなぁ」と思ったりします。実際は「集まりたい集まり」だけではないだろうし、仕事上の付き合いだったり何かと気を遣ったり面倒なこともあって、その瞬間だけを切り取った写真ほどには楽しいことだけではなかったりするんだろうけど。

とかく人は自分と他人を比べて、落ち込んだりするものだけれど、今の信じられないくらい情報が即座に入ってくる世界に暮らしていると、心の動きというか、感じ方に意識的になっていないと色々と苦しくなったり、自分が小さな存在に思えたりするかもしれない。

思うに、人は他人の楽しそうな様子や経済的な豊かさを目にして、それを「羨ましい」あるいは「自分も手に入れたい」と錯覚しているけれど、他者の持っている(そして自分が持っていないと思い込んでいる)、「充実感」こそを求めているのだと思う。ちゃんと自分の心を観察すればお金そのものであったり、沢山の人に囲まれて楽しく暮らすことではなく、もう少し深いところにある充実が欲しいのだと気づくのではないかと思います。

例えば本を読むことが何より好きで、本の世界に入り込むように想像力を使って本を読んだり、空気に含まれる湿度や土の状態を細かく観察しものすごく的確に野菜や植物を育てたり、そういう他の人からみてどんなに地味に見えることでも、自分が夢中になって心から楽しいと思えることをしている人は、あまり人と自分を比較するというようなことはしないし、そもそも忙しくてそんな時間はないだろう。自分が夢中になれる行為を身体や頭を使って行っている時、意識はその瞬間に向いているのでアクティブな瞑想をしているような「意識的な無意識」になり、それは少し高い次元の意識と繋がっている状態なのだと思う。

興味の対象や夢中になる対象には優劣などなくて(本を読むことは大したことがなくて、創造的に芸術作品を作ることがすごいとか)、ただ自分が夢中になれることをすることがまず大事だし、それを続けていけばいずれ自分の新しい才能や可能性が見つかるかもしれない。

他者と自分を比較したり自分以外の人を羨ましく思うマインドは結局「暇」と「感謝不足」からくるのだ思う。無駄な暇は「自分なんて」とか「どうせ〜」というあまりハッピーではない思考につながっていくし、感謝のない心は傲慢でパッとしない毎日への扉を開けてしまう。

健康な人は健康に感謝し、家族がいる人はいつもそばにいて支えてくれる人たちに感謝し、他者に対して結果を求めない純粋な行いを捧げることで世界の見え方が変わってくるかもしれない。

食べる物があること、着る服があること、住む場所があること、そんな当たり前と見落としがちな沢山の感謝できることに目を向けどれだけ自分が恵まれているかに気付き、誰かの為になる行いに意識的になり、他の誰でもない「自分」らしく生きることを忘れず生きていきたい。

庭で遊ぶクマピーとサブちゃん

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