なぜ「習慣」が大切なのか?

前回の投稿の後、夜から雨が降り始め、街もきれいに洗われカラカラだった空気も湿気を含んで良い感じになった。

低気圧の曇り空、強く吹く風に影響を受けやすいというのは何度か書いたことがあるけれど、日本に住んでいた頃はまったくそんなこと感じなかった。というのは多分日本は「曇った低気圧の日」なんてしょっちゅうだし、季節にもよるけれどむしろそっちがスタンダード、という感じで身体がそれに慣れていたのだと思う。一方、地中海沿いのコスタ・デル・ソルでは冬から春にかけて1週間ほど連続して天気の悪い日が何サイクルかあるだけで、それ以外の季節はほぼ晴れてるというあからさまな天気なので影響を受けていることに気がついたのだろう。

山暮らしをしていた時が特に酷く、天気予報に雲マークがでているだけで憂鬱になっていたのだけれど山暮らしを終えて街に戻ってみると気分や体調への低気圧や天気の影響をほとんど感じなくなった。というのは、外(天気や人間関係など自分の内側以外の全てのこと)からの影響や刺激によって内側の状態がころころ変わってしまうことで体力や精神を消耗するなんて嫌、そう思いこの数ヶ月、自分の感情の流れを客観的に観察し、どういうサイクルで自分が怠惰になるか、練習をサボろうとするのかを見つめ、どんなにフィジカルな練習をしたくないモードであっても、意識的に思考よりも先に身体を動かすようにしていたのだ。

つまり「練習しようかなーどうしようかなー」と思考が動き出したら、その思考が深まってしまう前に(“面倒くさい”は思考が深まることで起きる心の状態)マットを敷き、練習用のプレイリストを流しチャンティングしながらお香に火を点け、ただちに仰向けになり、いつも練習をスタートする前にしている腰をリリースするストレッチを始めてしまう。そのようにまず身体を動かしてしまうと1時間半ほどするりと気持ちよく練習ができる。そしてもちろんだけれどしっかりと継続して練習をすることによって軸を取り戻し、練習を通して柔軟さと強さが実感できる。

そうすると「練習をする日常」のサイクルに入ることができる。結局「習慣」というのがその人を作るので、目標や乗り越えていかなければならない何かに向かう為に自分が今すべきこと、あるいは自分に今できることを「習慣」にしていく為に工夫をすることが大切で、その習慣はやがて「タパス」になり私たちに必要ではない感情やネガティブな思考を燃やしていくことができる。

私たちが思う以上に「心」と「身体」は繋がり影響し合っている。これはヨガでは「コーシャ」で説明されているけれど、身体疲労や不調を無視して働きすぎたり、無意識な食事を続けて毒を体内に溜めていくと次第に心(つまり精神に)に影響を与え始める。まず疲労が溜まっていると感じたら適切な睡眠をとって休息するようにしたい。心が病になってしまうことでさらに身体への影響が強く出始めてしまう。このサイクルに入ってしまっている人が現在社会にはとても多いように思う。

そして多くの人が問題の原因を外の世界に見ようとしているけれど、全ての問題は自分の内側にあるのだ。上司が部下が、といった職場での人間関係。親や兄弟や親戚など家族間の人間関係、そういった他者との関わりで「誰が何をした、何を言った」「父親がどうしてくれない、母親がこんなことをする」と問題をそういった他者に見ようとするけれど、全ては自分がそれらの関係を通して何をどう捉えるか、どう考えるかですべては自分次第であることに気がつかなければ問題は解決しない。目の前に起きている全ての現象には「原因(種)」があり、起きている全てのことが自分が原因であることを知るためには「知識」を得ること。「無知(知恵がない状態)」でありつづければ、混乱と混沌のまま苦しみ続けることになる。

知恵を得るために学ぶ。学ぶためには「学ぶ姿勢」を身につけること(つまり謙虚になること) 謙虚でいるためには自分を知らなければならない。自分を知るために物事を俯瞰してみる習慣をつけなければならない。良い習慣を育てるには・・(ループ)

魂の成長のためにやらなければならないことは沢山あるので、余計なこと(他者の悪口、噂話、自分には変えようがない外の世界への愚痴)に自分の貴重な時間を使わず、意識的に良い思考、行動、発言を選択していきたいですね。


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