差別についての考察

ヨーロッパ在住の読者さんから「人種差別を受けたことはありますか?またヨガ的な対処方などはありますか?」という質問を頂いたので今回はこのテーマを取り上げてみようと思います。

最近、毎日こつこつと新しく立ち上げるヨガ特化ブログ用の記事を書いてるのですが、ちょうど今朝書いていたテーマが私たちはブランマン(普遍の存在)であり魂の存在である、という内容だったのでその観点から差別意識について考察していこうと思います。

レイシズムに限らず、現代社会には性差別、収入や学歴、職業にたいする差別などあらゆる差別が存在していますが、差別とは「アヴィッデヤー(無知)」「アスミター(エゴ・強すぎる自我意識)」によって現象する心の障害、そしてカルマの問題のように思っています。

ヨガでは私たちの「本質」は「体や心や考え」という変化し続けるものではなく、それらを観る者(ドラシュター、つまりプルシャ)である、と教えています。体、心、考えといった観られる物(ドゥルシャ)と、観る存在である私たちの「本質」を混同することがあらゆる苦悩の原因になるということがヨガスートラには書かれています。

皮膚の色や顔の造形や体型などの外見的特徴や、収入や車や家などといった物質的な所有物を他者と比較し、そのことに心を囚われてしまうのは、私たちはひとり残らず魂の存在であり「体、心、考え」ましてや「肌の色」「車や家」というものではないことを知らない無知ゆえ。

赤ちゃんは自分と母親の区別がつかないのですが、成長の過程で私は「私」という存在で、この大好きな存在は「お母さん」「お父さん」というというふうに他者と自分の違いを徐々に理解するそうです。自我が完成するまでの過程に、環境や教育によって偏った価値観を持つようになり、そういった偏った部分がさらにツイストすることで差別意識などが生まれるのだと思います。

ここからはヨガ的な考察ではなくて差別に対する個人的な考えですが、質問の「差別を受けたことがあるか」について。

ヨーロッパに長年暮らしているとあからさまなものから、わかりづらいけれど後から考えるともしかして?というものまで、多くはありませんが差別されることは何度か経験しました。もちろん気分のいいものではありませんが、他人がどんな思考や価値観を持つかはコントロールできませんので、コントロールできる自分の感じ方など内側を整えるしかありません。

保守的というか自分と同じバックグラウンドをもつ人だけを好む人は実際どの国にも一定数いるように思います。育った環境などによってその人が心と価値観をツイストさせてしまったのは私の問題ではないので仕方がないし、そもそも差別はする人が心に問題を抱えているのであってほとんどの場合差別された人の問題ではありません。差別意識に満ちた発言や行動を公共の場でしている人を見るのはとても胸の痛むことですが、そういった無知によって差別をする人は非常に混乱しているように見えますし、実際恐怖や怒りなどによって自己のコントロールができなくなっているのだと思います。ちょっと陰謀論っぽくなりますが、おそらく世界には「差別」のある社会の方が都合のいい人達というのがいて、私たちはそれに気がつかないだけで一定数の人が差別意識を持ち続けるようなキャンペーンがメディアなどを通じて行われているような気がします。

差別や争い事というのは自分の存在、思想、あるいは民族こそが正しく、それ以外は間違えているという無知からくるエゴと憎しみが原因ですが、差別する人は狭く偏った価値観に閉じ込められ、苦しみと恐怖でがんじがらめになってるように思います。

「国やトップと呼ばれる人全員がヨガを深く学べば戦争は起こらない」とヨガの先生をしている友人とよく話します。無知を取り除き真実の自己を知ることによって、苦悩から解放され自分自身のまま幸せで自由であり続けることができるとヨガは教えてくれます。

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