ご近所さんと口論に

仲直り上手と意地っ張りさん

世の中には仲直りの上手な人と下手な人がいる。仲直り下手というのは意地っ張りか、極限まで我慢し反論もせず大丈夫なふりを続け(実は怒っているのに)、ある時、堪忍袋が切れて爆発をするので、そもそも仲直りするつもりすらないかのどちらか。

さまざまなプレッシャーやストレスを感じながら、ちょっと嫌なことや違和感を感じることがあっても「今は言うタイミングじゃないかも」「気を悪くするかも」と相手のことばかり気にして、感情を小出しにせず自分を犠牲にし続けているとどこかのタイミングでコントロールが効かなくなって心に影響してしまう。

さて、今でこそ大人になり誰かに対して感情的になることはないけれど、若い頃は人の謝罪を受け入れることが下手くそだった。なんかどういう顔をすればいいのか解らなかったのだ。それに比べれは自分から謝ることはそれほど難しい課題ではなく、結構へらへらごめんねとか言っていた気がする。

ご近所さんと口論に

数日前、階上に住むリリアン(チリ人のおばさん)と口論のようなことになった。正確には口論ではなく彼女が一方的に騒いでいたのだけれど…。

近所の人と口論なんて日本でもしたことがないしスペインでも初めて。そのリリアンさんは「オンライン寺子屋ヨガ」のクレーシャの記事にも登場した、近所でも面倒な人として扱われている人。機嫌の良い時はおしゃべりな普通のおばさんで、急いでいる時につかまると困ったなと思うくらいの存在なのだけれど、とにかく話題のほとんどが何かに対する苦情か誰かの悪口なので、あまり一緒にいたいタイプではない。

心の障害となる5つの苦悩 Ⅱ

まぁ、そういう人がご近所さんになるということは私にもなにかそういう要素というか、そのおばさんの存在から学ぶことがあるのだろういう姿勢でいるのだけれど、先日、4世帯が使う入り口のエントランスを誰も掃除をしないと苦情を言ってきた。それは全くの思い込みで彼女の隣のアルゼンチンのおばさんも(リリアンと超仲が悪い)私もデヴィッドも定期的に掃除をしている。掃除をしていないのは私の隣のイギリス人の男性だけだ。

というか、その苦情を言ってきたのはまさに私がエントランスを掃除している時だったので「してるけど?」と返すと、もっと頻繁にして欲しいという。共通のエントランスといっても、ほとんどリリアンの敷地で私と私の隣の掃除をしない人は本当に2歩くらい足を突っ込む程度。なのでボランティアくらいのつもりでいたので「私は掃除をしているし、近所の人が教えてくれたんだけどだいたいあなた、私たちの部屋に降りる階段の方にゴミを掃いてるって本当?」と聞いたら一瞬だまりこみ、だって犬の毛がどうのこうのと言っていた。犬の毛なんて落ちていないけれど、その4世帯で犬を飼っていないのはリリアンだけ。

感情的になって良いことなど何もない

まぁ気持ちは解るけど塵取り使ってよ、と伝えた後あまり相手にせずに掃除を続けていたのだけれど、ずっと何かに文句を言い続けていた。あまりのしつこさにげんなりして言わなきゃいいのに「みんなあなたほど暇じゃないのよ」と言ってしまった。リリアンはもちろんそれに反応して大声を出しはじめたので無視して部屋に入った。冒頭の「私だって忙しいのよ!」くらいしか聞こえなかったけどそうは見えないんだよね・・。

次に会った時に気まずいかな、と思っていたけれど翌日会った時は「ハイ!エマ」と調子良さげに挨拶をしてきた。謝罪をし合ったりせず、何事もなかった様に接するとか日本だとあまりないというか、なんか新しいなと思ってしまう。私は相変わらずどういう顔をすればいいのか解らずぼーっとしてしまった。全然好きなタイプの人ではないけれど、きっとリリアンの存在から学ぶことが(多分悪いサンプルとして)あるのだろうと思う。


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