気分良く過ごすことの大切さ

先日、普段通りに朝の勉強をした後「オンライン寺子屋ヨガ」の記事を書き始め、本当はバガヴァッド・ギーターの2章19節(そのあたり)についてまとめたことを書こうと思っていたのだけれど、なんだかチャネリングしたかのように全く違うこと書き始め、仕上がった文章は「これは“バガヴァッド・ギーター”カテゴリーではないな、なんだろう・・コラム?」という感じだった。

たまにあるのだけれど、こんな風にどこかとつながった感じで半目(?)で書いた時は割にいい文章が書けるので、毎回この状態になれたらいいのに、と思う。考えてみると瞑想を習慣として連続的にできているときはこうなりやすい。1時間の瞑想を週に2回とかではなく、18分から25分くらいの瞑想を毎日(できれば朝と夕方)しているときは、心は落ち着いていて意識が内側に留まっているせいか、外で起きている物事に冷静に客観的に対処できる。

ところで、自分が好きなことや得意なことや、やっていて夢中になれることする時間を増やし、気持ちが落ち込んだり塞いだりすることから少し距離をとるようになると、少しずつだけれど自分を取り巻く世界が変わってくる。心の状態は感情とイコールで、感情は、感覚器官によって影響を受けるの。

目に映るものや、耳に入る音など五感を通じて入ってくる情報に意識的になることはやっぱり効果的だと思う。私は今月から新しくした香水にいま夢中で、朝起きてベッドから出たらすぐにロンブルダンローを手首にスプレーして犬の散歩に出かける。ノーメイクで髪も寝起きのままだけれど、良い香りがするので気分がとても良い。単純なことで気分は意外と良くなる。1日のスタートは地味に大切なので、自分が気分良く過ごせる工夫をしている。

意識を外に向けっぱなしでいると自分以外の誰かのことや、外の世界で起きていることから影響を受けやすい。敏感な人や繊細な人は特にそうだろう。心は動き変容していく特性があるので、意識していないともうどんどんいろんな思考や価値観が入ってきてそれらに振り回されてしまうので、ヨガや瞑想や、その人にあった何かしらの方法で心をケアしていく必要がある。

人の目(批判や評価)を異様に気にてしまうという人というのは、人を批判的にみてしまう、あるいは物質的なことで人を決めつけてしまうという要素が自分の中にもあるのかもしれない。他人から与えられる自分の評価や自分が他人に与える評価というのは割とどうでもいよくて、自分がどう自分を評価するかが結局大事なんではないかと思う。

他人を変えようとしたりコントロールするのではなく自分自身をコントロールする練習をすれば良いし、他人ではなくまず自分を整えていくことが大切だ。


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