「無駄」からの「気づき」

6月にオンライン寺子屋ヨガを始める際、(インスピレーションで)タイミングを察知したらYouTubeチャンネルも開設しようと考えていた。そしてコンテンツを発信することを仕事として捉えた時、色々情報を集めはじめ「Twitterを戦略的に活用すべき」という多くの人のアイデアを参考にアカウントを作った。

実は十数年前に日本でTwitterのサービスが始まった頃から2回くらいアカウントを作ったのだけれど、即退会した経験がある。今回”仕事用アカウントで”と、改めて始めてみたけれど、やはり必要性を感じなし、アプリを開くたびにストレスを感じていた。活用についてしっかり勉強をすれば奥深い世界なのだろうけれど、ツイート内容に感銘を受けることもインスピレーションを感じることもなく、内容も全く入ってこない。

バガヴァッド・ギーターやヨーガスートラを勉強していると心が浄化され、叡智と普遍の教えに感動する。そして、朝の習慣である勉強中に気が付いた。それは、世の中には「私の」人生の目的にとって必要でない情報は本当に多く、選択も信じられないくらい用意されていてただでさえ複雑なのに、自分を忙しくさせる原因になるものをわざわざ余計にもう一つ増やす必要などない、ということ。

ブログもYouTubeチャンネルを開設することも何かを発信するという意味では他のソーシャルメディアと同じかもしれないけれど、それぞれ性質が異なる。メディアと自分の性質の相性はもちろん、発信していきたいコンテンツとの相性にも合う合わないがある。

オンライン寺子屋ヨガで文章を書くことは学びのアウトプットになり、そのプロセス全体が私にとってのヨガの学びになっている。新しくはじめた動画の発信目的は、文章とは違う形で、私自身も含め本当に自分らしいライフスタイルを選択することで、より意識的でマインドフルな生き方ができることを伝えたいと思ったから。今は従来のメディアよりも個人が影響力を持つ時代に変化していている。これまで主流だった媒体に刷り込まれた価値観ではなく「私が影響を受けたアイデアや生き方を映像で発信する」というインスピレーションが突如やってきてよくわからないままとにかく行動に移したのだ。動画の内容が良いとか悪いとかそんなのは二の次というか、改善は行動に移した後少しずつ調整すれば良いというインスピレーションに従った。

新しいことを始める時(特化型ブログとYouTubeチャンネル)の、不安や恐怖という感情に意識を向け過ぎたのか、普段大切にしている直感に従わず「みんながやっているから(使っているから)」というだけの理由でTwitterを始めたことで、私が指針にすべき教えはやはりヨガであり(もうそれは確実)、それ以外のことは知識として知っていればよくて、深く入り込んだりそこにエネルギーを使ったりしなくていいことに気が付いた、というか目が覚めた感じだ。

 

新しいビデオは今すごく興味のあるミニマリズムについてです。

チャンネル登録してくれたみなさん、ありがとうございます。多分みんな知ってる人だけどすでに28人“も”登録者数がいます!

最新情報をチェックしよう!