久しぶりの日記、最近のあれこれ

マラガは地中海なのでスペインの内陸部に比べると全然寒くないのだけれど、先週くらいから突然風が冷たくなって朝と夕方の犬散歩にはダウンジャケット(Save the Duckの)を着るように。寒いといっても東京に比べると全然大したことなくて、毎年のことだけれど北欧系のツーリストは相変わらずタンクトップだのサンダルだのといった夏アイテムを身につけていて地元の人との服装のギャップがすごい。気温が下がるというよりは海から吹く風が冷たくなったという感じ。

さて、オンライン寺子屋ヨガをしばらく休業(?)することを決断したら、これまで文章を書いていた朝の2〜3時間が空いたので、数ヶ月ぶりにしっかりとヨガの練習をするようになっていい感じに。6月以降は腰や肩を伸ばしたりしていただけで、練習時間も40分未満とかだったので、最初びっくりするくらい体が硬いし重いしだったんだけど(インド滞在中もすごい重かった・・)ようやく今朝くらいから少しバンダで引き上げる感覚が戻ってきた。やっぱり体が開いてくると色々マインドにも影響が出るので「身体的な練習ってホント大事」って毎回思う。

練習する習慣を取り戻し(?)、毎朝バガヴァッド・ギーターを勉強した後はYouTube関連の作業をする。テーマを決め、そのテーマで伝えたいキーワードをどんどん書き出し、それをスクリプトとしてまとめる。書き物と撮った動画を編集する作業は好きなので何時間でも集中して続けられるのだけれど、カメラの前での撮影が苦手だ。ナレーション録音は最近慣れてきた。

ところで先日、マハリシ農園の顧客のオランダ人女性のご主人(日本の方)が脳卒中になってしまい「外国語(英語)をそっくり失ってしまい、コミュニケーションができなくなってしまった、通訳と日本語での話し相手になってもらえないか」とデヴィッド経由で話があった。

日本人がほとんどいないエリアなので、もし日本人に会いたければマラガセントロまで行かなければならないし(彼らのエリアからは車で1時間)、日本語を話す練習をしなければ日本語も怪しくなってしまうという。私でよかったらとデヴィッドから返事をしてもらい、数日後にネルハのカフェでお茶をご一緒した。彼は84歳だということだったけれど、70代半ばくらいに見えたし、5ヶ月前に脳卒中になられたとは思えないくらいシュッとされていた。

お話を聞くと仏教や坐禅を学んでいらっしゃって、お若い頃は世界を周り、オーストラリアとスペインに長く暮らし、スペインの山の方にある施設で欧米の方(特にオランダ人とイギリス人)に坐禅を教えていたそう。そして最近は仏教や善についての研究を文章にまとめたりなさっていたという。オランダ人の奥様曰く「彼はまったく社交には興味がなくていつも書き物をしたり勉強ばかりしている」ということだった。私が「私もバガヴァッド・ギーターやウパニシャッドなどのヨガの聖典を勉強していて、今は一元論や悟りなどのサブジェクトについて学んでいます」と伝えた時に、彼の目がぱっと輝き、それまで黙り気味だったのに一所懸命言葉を探して話そうとしてくれたことが印象的だった。

脳卒中で言語を司る脳の左の前頭葉(だったかな?辞書を引かないと医学用語の英語がちょっと微妙なので自信がないけれど)、が傷つくだか損傷してしまうと固有名詞が出てこなくなるのが特徴らしく、日本語も特定の名前が難しいみたいだった。そう考えると勉強して覚えた外国語なんて全部が固有名詞のようなものだから、話せなくなってしまうのは無理のないことだと思う。

ご本人は「なんせ84ですからね、もうダメですよ(頭を指差して)」なんて飄々としていたけれど、日常会話が外国語の私たち海外在住者にとって会話がままならないのは相当なストレスだろう。それにしても人生には何が起きるかわからない。そして、自分や自分を取り巻く世界に起きるどんなことも、それが良いことであってもそうでないことであっても物事の側面というのは一つでも、平面的でもない。受け取り方、捉え方次第でどんな経験も良くもなるし悪くなる。

どのような経験に対しても、感覚器官の反応に支配されて感情的になってしまわないためには普段どのように意識持ちどのように生きるかが大切だと人生の先輩を見て思った。彼に起きたことと同じことが私に起きたとして、果たして彼のようにニコニコと飄々としていられるだろうか。「日本語で話す相手になってもらえたら」というお話でお会いしたけれど、私の方が多くのことを学ばせていただいた気がする。

 

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